国道をはずれると、目の前に五剣山が聳えていた。花をつけ、赤く染まった杉林から、屏風のようにそそり立つ緑の塊。そのスカイラインは、五つのピークでぎざぎざに切り取られている。細い農道の奥に、静かに建つ一軒家が、この山の入口。
小さな小川に沿って歩く。かつては水田であった石組みは、今はでは植林となっている。そして、それさえも手入れされずに、打ち捨てられている。苔やシダが、それらを優しく包み込もうとする。ゆっくりとした時間の流れに、取り込もうとしている。それで良いのかもしれない。
小川は山の傾斜に沿って、渓流の姿となる。水量こそ少ないが、フリーストーンの隙間を縫い、岩盤を磨きながら流れ、河畔の植生に潤いを与えている。水辺に炭焼釜の跡がある。丹念に積み上げられた石組みに落ち葉が積もり、小さな植物が殺到する。湿度を帯びた冷たい空気が鼻腔をくすぐり、汗ばむ肌を撫でる。
渓流を離れ、尾根に乗ると照葉樹林が生い茂る。植林を免れた急傾斜の足場に浮石が散らばり、ウバメガシの落ち葉が積もる。立ち木を掴み、じわりじわりとよじ登る。毛穴が盛大に開き、汗がふきだす。
主稜線の上には、ウバメガシのどんぐりが、地面を隠すほどに広がっている。それを食料とするイノシシの糞が、そこかしこに見られる。四つ目のピークで大展望が広がった。五剣山の山頂だ。北東に続く鬼ヶ岩屋、山並みの中に国道が走り、鉄塔の並ぶ鍛冶屋谷山。南に注ぐのは牟岐川、古牟岐漁港のまえに出羽島が浮かぶ。
下山すると、登山口の老夫婦が、家に招きいれてくれた。お茶をご馳走になり、牟岐での暮らしぶりを聞く。柔らかな物腰と語り口に心の雪が溶けていく。春が来る。 |