だれともなく起床する。寝床を片付け、身支度を整える。ガスバーナーが、力強い噴射音を吐きながら湯を沸かす。暖かい食べ物を口にすると、体の奥からむくむくと期待感が頭をもたげる。
夜露に濡れた笹原が、朝霧を透過した太陽光によってビロードの輝きを放つ。スパッツとレインウェアのパンツをつけて笹原へと入ってゆく。足元には融けきらない霜を載せた笹もある。西の上空はガスが薄く、すでに青みを滲ませている。しかし、東には霧状にしたミルク越しに、月のように弱々しい朝日がぶらさがっている。体の先端まで新しい酸素が行き渡るように、ゆっくりと進むうちに朝日は輝きを増し、気温を上げて、風を起こす。今日も最高の天気になりそうだね。
朝霧が取り払われた直後、大気のもっとも清涼な時間。振り返る風景のど真ん中に美しい三嶺がいた。丸みを持って広がる笹原の向こうには樹林に覆われた高ノ瀬山への稜線。いまだ遠い剣山。
高ノ瀬山の周辺はブッシュと岩の不明瞭な道が続く。心細い樹林帯からは次郎笈も剣山も見ることができない。薄っすらと踏み跡がつくのみだが、人によって荒らされていないこんな道もいいもんだね。無粋な階段や、人と自然を区切るロープや柵もない。そして、わたしたちも足跡さえ残さないように移動していく。
丸石小屋を通過した。樹林を抜けたらいきなり次郎笈が巨大な姿で立ちふさがる。一気に笹原を下りさらに登り返す。傾斜がさらに強くなる場所にトラバースの分岐がある。ここでピークを踏む者、トラバースの水場で喉を潤す者に別れた。
ピークを目指して、強傾斜をじりじりとつめていく。南西斜面が錦秋に染まっている。北を見下ろせばトラバース組が小さく見える。主稜線合流点の標識が近くなる。一ノ森から槍戸山が見えた。右を向けばピークがそこにあった。
次郎笈から真西にはすっかり形を変え、小さくなった三嶺が見えた。足元から続く稜線をゆっくりと目で辿る。この稜線を歩ききった達成感に酔いしれる。北を見る。トラバース組はもうあんなに遠くになってしまった。さあ急ごうよ、皆で喜びを分かち合おうよ。
今日は山を下りるけど、この先に道は続きまた山がある。うねりを繰り返す長大な稜線のように夢が彼方へと延びてゆく。 |