水分を限界まで吸い込んだ綿のような重い雲が空から垂れ下がっている・・・。
と、落ち込みそうになるような状況にもかかわらず登山者の顔は明るい。
足元に咲くフタリシズカも雨が来るのを知っているのか、ぱっと大きく葉を広げわくわくしている。
淡い緑の衣に同じ色の烏帽子をかぶったアオテンナンショウの丸顔も微笑む。
みんな知っている、何が起こるのか。そしてそれを待ちわびる。
ついに天の綿は飽和の限界を超えた。抱えきれない水分をとめどなく吐き出しつづける。
天をつくブナが、広大な面積の葉で雨を受け取り、まだら模様の幹を濡らし根へと運ぶ。
ブナに混じって、艶やかな朱色の幹のヒメシャラもそれにならう。
生命を終えて森に横たわるブナの倒木には、青さに深みを増した苔が、きのこが、昆虫が新しい宇宙を形作る。
みんなこれを知っている。
やがて雨は過ぎ去り、太陽の輝ける触手が森を撫でる。
大気に充満する微小な水球のひとつひとつに突き刺さる光が、あらゆる方向に向きを変え思わぬ場所で動きを止める。
そのとき森は自ら輝いているかのようだ。
わたしたちはこれを知らなかった。息を飲む光景。
でももう知ってしまった。またこれを見たいと思う。
また山に行かなければ、雨の山に行かなければ。 |